2012年 06月 05日

悲しみ

5月30日朝6時に新聞を開いて読み始めました。

すると電話が鳴りました。

その瞬間に「母が・・・」と・・・・・。

病院の看護師さんが「急変しましたので直ぐに来て下さい」と。

女房と病院へ飛び込みました。

医師と看護師さんが懸命に心臓マッサージを続けて下さいました。

6時28分死亡が確認されました。

96才。

本当に長生きをさせて貰いました。

高齢で「何時かは・・・」と覚悟は出来ていました。

それでもいざとなると涙が溢れ出ました。


父が93才で死亡した15年前に東京の自宅から我が家に連れてきました。

3年前の6月に目の前にある介護施設に入りました。

一昨年の8月に食事が出来なくなり病院に入りました。


30日に亡くなりましたが翌日は友引。

二日目は6月1日。

我が町の風習で「月が新しくなり目出度いことしかしてはならない」ことで、1日はお通夜お葬式は

出来ません。

2日お通夜3日告別式になりました。


どうやってお葬式をすれば良いのか全く解らず近くの方にお願いして葬儀委員長をお願いしました。

都会のように全て葬儀店にお願いすれば終わりますが、田舎では色々と風習に則って行わなければな

りません。

食事を取るのも日に2回だったり夜9時過ぎにやっとご飯を食べられる状態でした。

食事を始めても食欲も無く簡単に済ませた毎日でした。


3日に告別式が終わってからも後片付けなどに追われました。

4日はお世話になった方々の家を訪問してお礼に廻りました。

それが終わってやっと一段落しました。

しかしそれでは終わりません。

今月中には49日を行わなければなりません。

死亡したのが5月で7月になる前にしなければならないのです。

3ケ月にまたがると「三月」が「身付き」と言われて不幸事が身に付かないようにと言うことです。


家に飾った祭壇に毎日「れいく」と呼ばれるお膳を供えます。

これは女房の役目です。

長男の嫁になった宿命です。

8月には初盆でこれも盛大な行事があります。

百か日もしなければなりません。

気が休まる暇が無い状態が続きます。




女房は母と同居しても一切文句も言わずに尽くしてくれました。

女房には「長年苦労かけてご免。そして有難う」と伝えました。

母も大人しい性格で我儘も殆ど言いませんでした。



今日は予約変更が出来ない状態で孫の病院行きで一日過ぎました。



多くの方々からメールなどでお悔やみのお言葉を頂きまして、心から感謝致しております。

本当に有難うございました。


疲れと混乱の中で支離滅裂なブログのアップになりました。


以前のようなブログのアップは近々始めたいと思っております。

これからも宜しくお願い致します。





追 記

驚いた事に父の命日が母が亡くなった前日の5月29日でした。

何かしら不思議に感じます。

by hamabo-1m | 2012-06-05 19:45 | その他


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